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短期間でフランスラグビーが浸透され、南米遠征で成果を出せるか?
がけっぷちに立たされた萩本監督の試練

リモ―ジュはパリから南に約320km。ほぼフランス中央部にある人口約13万人の町。フランスで最も美しいと言われる独特のタワー、ドームを持つリモージュ駅が目に付く。街がヴィエンヌ河を挟んで発達している。パリの汚い歩道に慣れた者にとって、この街の歩道には塵、タバコの吸殻類、パリの名物犬の糞などを捜しても見当たらない。清潔な街の印象を受けた。フランスを代表する「リモージュ焼」で世界的に知られる磁器、陶器の町。また、伝統的にこの近郊の牛肉は最上級と賞嘆されている。

ホテルでも、タクシーに乗っても、行き先を告げると訪問の目的が直ぐに伝わった。日本ラグビー代表選手が3月31〜4月10日まで、“ケオップ87”と言われる研修所で、南米遠征に供えて合宿練習を始めたニュースは市民の間に広まっていた。

宿舎の裏にあるグラウンドに降りると、直ぐに、総務の稲辺と挨拶を交わした。続けて、「これは萩本監督の指示ですが・・・」と言いながら・・・、はなから牽制の“タックル”が入ってきた。フランス人のFWのテクニカルアドバイザー、ジャン―ピエール・エルサルド(51歳)、同じくBKのエドモン・ジョルダ(56歳)らへの単独インタビューは認めず。「必ず、石井(通訳)同席の元にすること」と、釘を刺された。エッ!それでは体裁の良い取材規制ではと思いながらも、突っ込みをここでしても詮のないこと。止めることにした。要するに、ラグビ―・マガジンの取材に相当に神経質になっている様子が伝わってくる。

言うまでもなく、昨秋、日本代表欧州遠征の一連の批判的な掲載記事の反発だろうが、日本代表が欧州遠征で2試合、緒戦の対スコットランド戦に108―8、勝てる試合だったと言うが、ルーマニア戦も勝てず。最終戦のウェールズ戦は、屈辱的な98―0の大敗を記して3戦全敗だった。ルーマニア戦はともかくとして、 対スコットランド、ウェールズ戦は、完全な「ミスマッチ」だ。

大敗の原因追求を徹底的に分析、真下専務理事、勝田強化委員長を始め、萩本監督らの責任は大いに追求されるべきことだ。理由はどうであれ、欧州の強豪チームに対して、胸を借りなければならない格下の日本代表がこともあろうにセレクションなし!こんなことが平然として行われていた。故障者が多かった実情もあろうが、ベストメンバーを組めず、準備合宿もろくにできないで飛んで行った事実がある。この協会幹部の失態は、今後、悉く機会あるごとにこの事件を銘記して忘れてはならないと思うのはぼくだけではあるまい。こんな形で遠征を組んだ日本ラグビー協会は、受け入れ先に国際的な礼節を欠いた恥ずべき行為だ。ラグビー専門誌以外に、一体誰が正当な批判記事を掲載するというのだろうか。専門誌が掲載できないことのほうが不自然だろう。ラグビー・マガジンは、専門誌の誇りに掛けて、自信を持って正当な批判を展開したと思う。

ラグビ―は、周知のように番狂わせが殆ど起きない競技だ。「強いものが勝つ」と言う、かなり単純明快なスポーツだ。しかし、勝敗を抜きにした他のスポーツと違う魅力を持っている。15人の男たちのひたむきなプレーが、人を感動させる魅力ある不思議なスポーツでもある。試合内容によって、敗者が勝者以上に健闘を称えられることは暫しある。前回のワールドカップで全敗した日本代表は、かれらは勝負に負けたが、プレーは観衆のラグビーの「心」をしっかり魅力している。それを自らの手でぶち壊した協会幹部の責任は重大なことだ。少なくとも対ウェールズ戦には、その片鱗さえも見られなかったと目撃者の一人としてここに断言できる。反論の余地はなく、反論は許されないのが、ラグビーピッチの上の伝統的な鉄則「決まりごと」である。結果、内容が総てを評価する。二言は不要、口にするだけ野暮なことです。ウェールズ戦後、恒例の記者会見を、無視、ボイコットを決めた。近くのパブで記者会見が終わるのを待った。だからと言って、なんらの影響はありえないことを百も承知だが、ミレニアムスタジアムで日本国歌が演奏された時、2階席から「ジャパン!がんばれ!」と、大声をかけた一人の男性がいた。あの人、日本代表の不甲斐ないプレーに居たたまれなくなり途中で席を立ったのかもしれない。しかし、同じような失望感を抱き、ファンの足が遠のくのは改めて書くこともない。

今回の南米遠征前の準備は、セレクションマッチ、選考された選手、10日間のリモージュ合宿、ここから2人のフランス人テクニカルアドバイザーを6月まで短期間、南米、日本で行われる対アイルランド戦まで同行する契約。用意周到な準備があった。これらは腰の重い協会が、欧州遠征の大失態の経験を認め、生かした結果と言えよう。しかし、普通の遠征常識に従って進めただけに過ぎないことだ。

4月7日、地元の即席チームと練習試合があった。前日はリモージュ合宿初の休養日だった。練習を再開した朝練10時から2日間見学した。

リモージュの春は、風が冷たい。FWバイザーの薫田、アシスタントコーチの佐野らが、「声を出せ!」と檄を飛ばしながら、個々のボール処理、身体の使い方から始まり、細部に渡り基本的な動きを繰り返す。そして、数人で同じようなユニットの基本的な練習に入る。次に、FW、BKに分かれて、連携プレーの反復練習など、たっぷり2時間がアッという間に過ぎた。大畑はチームと離れて、一人身体を動かしている程度だった。聞くと、家族に不幸が起きて緊急帰国、長旅と時差で「頭がフラフラします」と言いながら軽く調整していた。

フランス代表もここで合宿練習をしたという。宿舎の背後がグラウンドになっているのは便利だ。内部がどのようか見学はできなかったが、およそ合宿練習に応えるだけの施設、バックアップ体制も充実しているだろう。

午後4時からの練習はあいにく小雨が振り出した。選手はバスでリモージュ大学構内のグラウンドに移動。FWはラインアウト、BKはディフェンスを常に考えながらの攻撃。学生ラグビーチーム相手に、FW、BKに分かれてマークを入れた練習を徹底した。FWはラインアウトからの動きをエルサルデ、BKはジョルダが指導した。

数年前、今は引退した60年代の名フルバック、ピエール・ヴィルプールが、フランス協会のテクニカルディレクターだった。一世を風靡した近代フランスラグビーの基礎を築いた人だ。萩本監督はかれの提唱するラグビー理論に魅せられ、南半球色にドップリ浸かった日本ラグビーの方向転換を試みている。フランスの特色を、攻守一体の表裏と表現する、その「エッセンス」を代表に植え付けることが、今後の日本ラグビー活躍の鍵としてとらえている一人だ。

ヴィルプールの提唱する近代ラグビーも、数年前、若い世代のラポルトは「パイプの煙。吹けば素っ飛ぶ!」と、ヴィルプールらを痛烈に非難、ラグビー界、メディアを騒がせた。

ラポルトの代表監督就任以来、フランス代表のプレースタイルも大きく変化してきた。監督の責任によって変わるのは当然だが、南半球に対抗する手段として、やはりFW、BKを問わず大型、パワフルな選手起用を重視してきた。BKに身長195cm、体重95kgの大型選手を配し、真っ向からガンガン相手DFにぶち当たる、南半球「決め事」ラグビーが重視されてきた。そのため今や個性的な「フレンチ・フレアー」は、すっかり影を潜めていた。

昨秋、皮肉にもラポルトのラグビーは、辛うじてオーストラリア戦で勝ったものの、NZに粉砕され、コピーの弱点を暴露した。フランスは「40年前のラグビーに後退!」と、メディアの痛烈な批判を受けた。

フランスは今年の6カ国対抗戦、対イングランド戦にトゥイキナムで勝ったものの、試合内容は手放しで誉められたものではない。ところが、対ウェールズ戦の前半、生き返ったような「本来」のボールを回すラグビーを展開。前半をリードしたが、後半、再びパワープレーを展開して、ウェールズの臨機応変の試合運びに翻弄されて敗戦。これを機会に、ラポルト・ラグビー戦略のターニングポイント?不利とされたアイルランドに、久々にあの華麗な「フレアー」を見たのはぼくだけではあるまい。

予測の難しい自由奔放、わがままなフランス人の個々の能力、高い技術が濃縮された、瞬間的な「閃き」が、ギャップを作り、スペースをこじ開ける。これはフランス独特な文化背景から生まれる、外国人には真似の難しいサンブツ、「衝動」なのだ。

萩本監督は、南半球ラグビーから脱皮、日本代表から率先して、新しい方向性を確立する努力を惜しまない。フランスラグビー「エッセンス」を日本ラグビーに植えつけ、南米遠征にある程度の成果を期待、日本ラグビーの将来に希望している。監督に与えられた時間は短い。監督は、「緒戦がなければ、アルゼンチン戦はありません!」続いて「成果がなければ、辞めます!」と断言、がけっぷちに立たされている。それも監督の宿命であろう。

雨が激しく降ってきた。2人の通訳も忙しい。グラウンドの中央でパラソルを差したエルサルデ。周りの雰囲気にそぐわないユーモラスな姿で指導する。15人がボールを動かす。それに反応するDFユニットの動きを細かくアドバイスを送る。プレーが中断するたびに、選手は円陣を作って、アドバイザーが通訳付きで説明が入る。

ジョルダがライン際で見ていたぼくの傘に入りながら、「ラインがカタストロフィ!」(メチャクチャだ!)と、呟くように言った。「なぜ?」と聞き返したが、首を振っただけでそれ以上に応えない。多分、厳重な緘口令が敷かれているのだろう。

石井通訳で始まった二人のフランス人インタビューは、ここでも当り障りのない言葉以外に本音は聞けなかった。

いずれにしても、萩本日本代表の再出発と同時に進退を掛けた南米遠征。その応えは待った無しで確実にやってくる。萩本監督の挑戦、“南半球ラグビー脱皮”の勇気に期待しよう。

短期間でフランスラグビーが浸透され、南米遠征で成果を出せるか?

(05年、月刊グビー・マガジン誌6月号掲載)

(望月次朗)

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