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アサファ・パウエル
ジャマイカ育ちのシャイなスプリンター

アテネ五輪で不覚の5位に甘んじたアサファ・パウエル(22歳)が、今シーズン開幕戦でいきなり史上3位の9秒84を記録した。本格的に練習を初めて今年で4年目。02年、10秒12、03年、10秒02、昨年、シーズン開幕から連戦連勝を続け、彗星のように世界トップスプリンターに成長した。五輪決勝で9秒87に記録を伸ばし、200mで20秒02。100mランキング1位。パウエルは多くのジャマイカ選手がアメリカ大学からスポーツ奨学金を得て競技を続けるが、首都キングストン工科大学でスポーツ医学を勉強する学生だ。ジャマイカ期待の「星」は、メディアシャイな大男。勝ってゴールに跳びこんできても無愛想で華やかさに欠けるが大物の器だ。アテネ五輪の雪辱を期して、世界選手権大会100m優勝、ゴールデンリーグジャックポット優勝に向けて豪快に飛び出した。

アテネ五輪の後遺症はない

5月7日、ジャマイカの首都キングストンで「アテネの再現」(Athens Recreated)と銘打った第2回NACAC(The North and Central American and Caribbean AreaPermit Meet)大会がひらかれた。急成長のカリビアスプリント王国、地元の英雄アサファ・パウエル(22歳)が満員の観衆の前で圧勝した。欧州遠征の緒戦、6月9日のオストラヴァ戦に発つ前、今季の豊富などを聞いた。

―昨年、同じ会場で開催された五輪トライアルで9秒87のジャマイカ記録を出した。そして今年は、いきなりシーズン緒戦で9秒84、自分でも驚いたのでは?
パウエル―NO,これぐらいの記録が出てもおかしくない調子だった。もちろん、自己新記録、地元でジャマイカ新記録を出して大変満足しています。でも、シーズン緒戦でこの記録が出るとは予想しなかったが驚きはしません。上手い具合に追い風があったし(注:1.8m)、満員の地元観衆の前で走るために、気合が入りました。

―今シーズン開幕前の練習は順調でしたか?
パウエル―昨年と比較して、練習開始も早く準備に掛かったし、自分でも昨年よりさらに強く、成長していると思うので、今年は昨年より良い結果出るような気がする。

―特に、昨年より成長した部分は?
パウエル―五輪でスタートの遅れを指摘されたが、あれは独特の雰囲気のプレッシャーからくる精神的な緊張からくるもの。ぼくのスタートはそれほど悪くはないので、後半の加速からゴール手前の走りを重点的に練習しました。

―今季シーズン前、200mで軽い故障を起こしたが、今季200mは走らないのか?
パウエル―いや故障と言った大袈裟なものではなかった。少し練習を休んだら回復した。多分、軽症の筋肉痛だったと思う。200mは、多分、シーズン半ばに走る予定です。最後の50mはかなり走れるようになりましたね。

―サブ20秒?
パウエル―多分、条件が整えば走れると思いますね。(笑う)

―アテネ五輪の後遺症は消えましたか。
パウエル―(苦笑)ぼくはアテネ五輪からすんなりリカバーしました。五輪後のゴールデンリーグで勝ち、アスレティックファイナル100,200m2種目優勝したでしょう。あれである程度鬱憤を晴らした。五輪100m決勝は、世界最速男を決める特別なレース。五輪決勝に進出して、記録より5位に食い込んだのは上出来としなければ・・・。最悪のスタートだったが、あの時点でぼくの実力、経験などの総てを十分発揮した結果です。また、同時に自分のポテンシャルを自覚できる場でもありましたね。

―兄、ドノヴァン(注:99年室内世界選手権60mセミファイナリスト)の影響で陸上競技を始めたのか?
パウエル―兄はぼくが陸上競技を真剣に始めるとは知らなかったので、兄の影響はありません。かれが外国遠征に時々出かけるので羨ましく思った程度です。しかし、今はいろんなアドヴァイスを受けます。直接、ぼくが陸上競技のかかわりを持ち始めたのは、高校の先生の薦めからでしょう。それまでは高校サッカー選手でFWのポジションでプレーしていました。それを見ていた先生が陸上競技を薦めてくれたのです。あのころはフランスで開催されたワールドカップにジャマイカ代表が初出場。一挙に、国内サッカー熱が沸騰。ジャマイカが日本を2−1で破った瞬間、国中が興奮の頂点に達したことを覚えています。中でも、この試合2得点を挙げたMFのウイットモア選手は格好良かった。
パウエル―それが01年、練習も殆どしたこともなくインターハイで出場した時、現コーチのスティヴン・フランシスから陸上競技を薦められたからですね。

―インターハイの結果は?
パウエル―準決勝まで進出したが、ファウルで失格さ!(笑う)

―本格的な陸上競技の2年の練習でパリ世界選手権出場。準決勝ファウルで失格していますね。
パウエル―(苦笑)ホント!あの準決勝は、初めての大きな大会だったし、ジョン・ドゥモンドがファウルでごねた事件で完全にぼくも混乱。ぼくもペースを乱されて失格さ。あれは嫌な経験でしたね。

―多くのジャマイカ選手は、過去にも現在もアメリカ大学のスポーツ奨学金を受けて、才能を伸ばしているが、あなたは地元に止まっているのは珍しい例ですね。なぜですか?
パウエル―最近、ジャマイカの選手も地元でがんばる選手が出てきましたよ。ウサイン・ボルト(19歳、現ジュニア200m19秒93の世界記録保持者)もジャマイカに遺留。アメリカの大学に行くのは、経済的な理由ですね。ぼくはアメリカに行くチャンスもあったが、現コーチから強い薦めでキングストン工科大学に決めました。

―学問とスポーツを両立させるのは大変でしょう?
パウエル―学生なので日中は学校に行き、陸上競技練習は通常夜です。涼しくなってから練習できるし、時間を上手くやりくりすれば可能です。欧州のGPが始まるころには、夏休みが始まるので出場できる。長い練習をするより、集中的に中身の濃い練習が大切ですね。

―専攻は?
パウエル―スポーツ医学を専攻しています。

―趣味は?
パウエル―音楽。最近、暇がなくなってしまったが、つい最近まで近くの教会のバンドでギター、ドラム演奏をしていました。

―スプリント王国のジャマイカの期待は重荷になりませんか?
パウエル―ある期待は競技者にとって励みになりますね。でも、プレッシャーは自分自信が掛けてしまうもの。

―今季世界記録の挑戦は?
パウエル―世界記録を破る自信があるが、今は世界記録を破るのを目標としていない。今年はかなり力がついてきたので昨年と違う。その日がくるときは自然にやってくると思う。その完璧の日を待ちたい。

―今季の目標は?
パウエル―今季最大の目標は、ヘルシンキ世界選手権大会100mで優勝することです。ベストの状態で最高記録を出して勝ちたい。次に、ゴールデンリーグで全勝ですね。世界ランキングトップをキープしてシーズンを終えたいと思います。

―欧州遠征の結果を楽しみにしています。

スティーヴン・フランシス・コーチ(もと短距離選手、西インド諸島大学経営学卒、ミシガン州立大学ファイナンス学卒。現キングストン工科大学選任コーチ、100mhブリッジ・フォスター、女子アテネ五輪優勝100x4リレーメンバー、シャロン・シンプソン、リンデル・フラターらをコーチしている。)

―最初の出会いでの印象は?
フランシス―最初アサファのレースを見たのは、01年インターハイの100m予選で優勝候補を破ったレースだった。荒削りだったが、ある種のポテンシャルを見た。話し掛けてみると、陸上競技は全くの素人。かれの高校には陸上競技専門コーチが不在。そこでわたしがコーチしているキングストン工科大学に進学するように薦めたのです。

―当時からアサファがここまで成長することを予期できましたか?
フランシス―Yes or No.アサファが陸上競技の練習を本格的に始めたのは、うちの大学に入学してから。スプリンターに必要な素質が十分あったが、それを生かすのも殺すのも努力次第。3年半の練習で五輪決勝進出、9秒84を記録した過去の例はないだろうと思う。素晴らしい潜在能力の持ち主だが、かれの才能をこのまま伸ばすために、やはり怖いのは故障ですね。

―昨年と比較して、かれの成長振りはどうですか?
フランシス―アサファは毎年目を見張る成長を遂げてきた。昨年は9秒87、今年は9秒80を切れる力は十分あると思う。五輪の経験がかれの精神的な成長を大きくしたと思う。昨年、2つの失敗をした。ひとつは室内世界選手権に連れてゆき、世界と戦う経験を積ませたが、準決勝で故障した。もうひとつは、五輪選手村に暑さになれるために早く入り過ぎたこと。選手村を避けて別の宿泊所を考えるべきだった。レース前に精神的に疲れてしまった。

―五輪後の後遺症は?
フランシス―殆ど精神的なダメージはなかった。むしろ、彼の経験、あの状況の中であそこまで戦えたので、かえってそれが体験からくる強い自信になったと思う。彼自身ベストの自覚を感じ、さらに強いモチベーションをアテネから受けている。打倒モーリス・グリーンで昨年は突っ走っていたが、今年は彼に変わって世界の頂点に立て続けて、真のスプリント王者に成れると思う。

―彼のポテンシャルは?
フランシス―昨年わたしがみんなに言ってきたことは、アサファは本格的に陸上競技練習を始めて4年しか経っていない。昨年より、今年はさらに成長、強くなってきているのを感じるが、彼のポテンシャルの限界はさらに先にあることは確かだろう。わたしは彼が今年9秒80を切れると思うが、あまり記録を目標にプッシュすると、常に故障の原因になりかねないのが怖い。

―今季、世界記録の可能性は?
フランシス―彼には今季コンスタントに9秒80台を出す力をつけることで、あとは時間の問題で、その日のコンディション、風など、条件さえ整えれば世界記録かまたはそれ以上の記録だ出るだろうと予測できる。

―今季の課題は?
フランシス―ぜひ、ヘルシンキで勝って欲しい。それと同様に重要なことは、世界スプリンター・ランキングトップを維持すること。世界記録より重要なのはゴールデンリーグジャックポット優勝することなど考えています。ちょっと欲張ってたくさん上げたが、少なくともできる限り勝利したい。

- 欧州遠征楽しみにしています。

(05年7月号、月間陸上競技誌掲載)

(望月次朗)

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