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為末大・澤野大地
世界選手権に向けて欧州GP転戦

ヘルシンキ世界選手権を目指して、為末大(APF)は欧州GP転戦を繰り返して調整中。澤野大地(ニシスポーツ)は為末に同行、日本選手権で記録無しの惨敗から自信回復に活路を求める旅に出た。6月27日、緒戦のプラハ国際大会では、為末が49秒24で優勝。澤野は5.62mで3位。まずまずの結果で滑り出した。

第2戦は舞台をヴェネチアに近いパドヴァ市に移した。このGPは国際的な知名度は低いが、ローマGL調整大会の意味合いを含んでいる。為末は、これといった強豪不在のメンバーの中、49秒23で圧勝し、2連勝。澤野は、なみいる強豪を相手に5.65mを跳んで2位。この2人に、パドヴァで欧州GP転戦の印象を聞いた。

為末大 前半だけではなく、トータルな走りを追求

「欧州GP転戦の目的が、昨年と今年では状況がちょっと違っていますね。昨年は一度転げ落ちたランクを取り戻し、GP出場権獲得をするため、結果が必要だった。前半から飛ばすレース展開を貫いていったのですが、今年はヘルシンキを見据え、記録よりは勝負にこだわるレースです。緒戦のプラハGP?は、世界選手権の準決勝レース並みの、予想以上なメンバーが揃った。これまで勝ったこともある連中。あそこで優勝した意義は大きいと思います。その以後のGP出場が楽になりました」

「日本選手権後、世界選手権大会前最後のハード練習期間ですから、調子を押さえるよう意識的に数週間こなしました。プラハの結果がもう少し早ければ、パリGL出場ができたでしょうが、持ちタイムよりは今シーズンの結果でGP出場の鍵になります。世界選手権前は、4戦出場の予定です。パリGLを振られたのでパドヴァに変わり、プラハの結果でローザンヌGP?出場が決定。1戦ごとに結果が影響します。プラハGP?後は、7月3日のパドヴァ国際、5日のローザンヌSGP、8日のローマGL、11日のザグレブGPと9日間で4本走ります。残りは追って決めます。ちょっときついスケジュールですが、“試合は最高の練習”と考え、レースで調整をします。」

プラハは、前半、最高速度に上げきったのではなく、その少し前でギアーをニュートラルに入れる感じで、力を温存するようなバックストレッチの走りですね。向こうのコーナーでもう一度スピードを上げます。後半200mは気持ちよく走れ、6台目を越えてから良かった。走り終えた時、『48秒6か7ぐらいかな?』と手応えがあったのですが・・・。果は49秒24でそれほど良くなかった(笑い)。まあ、緒戦は身体が少しだるかったし、風も少しありました。あそこのトラックはほとんど弾力性がありません。でも、今年の走りのコンセプトは、昨年のように前半だけではなく、前半、中盤から後半の300mまで含めたトータルで早く入り、最後の直線に入って勢いも出てくるような走りを考えています。後半、急激にスピードが落ちなくなったのも、高地練習の効果かも知れませんね。いろんな要素があると思いますが、徐々に“走り”ができ始めている感じです。」

「パドヴァでは優勝と48秒5ぐらいの記録も欲しいと思っていましたが、期待外れのメンバーで、レース前に気勢を削がれた感じ(笑い)。やはりパリで走りたかったですね。サーフェースが乾燥してサラサラしている。硬いところと柔らかいところがあるのでなんか気になっていましたね。初めての対戦者ばかりで、ホームストレッチで少し向かい風があったので、記録はまあまあといったところですね。2000年、イタリアの小さな大会で走った以来、こんな小規模の大会は初めてです。こんな小さい大会でも、なんとか2連勝したことは由としなければ。多分、その分だけローザンヌ、ローマで、いきなりとんでもなく凄いレベルになると思います。本番前に、今まで決勝に残った選手で、一度も対戦したことのない選手と走っておきたいと思いますね。いきなりどんなタイプかわからないのは嫌なもので、1回ぐらいは一緒にGPで走っておきたいです。」

「どこのGPも、出場そのものが過激な競争で、きつくなっていますよ!例年以上に、今年は順番を意識しますね(笑い)。1回でも7〜8番になると印象を悪くして、出場を弾かれないようにしたい。とにかく3番以内とか、取れるレースは是が非でも優勝を狙うとか。これぼくの仕事ですから非常に大切で、結果がすべて収入に響きます。」

「今年の400mHのレベルは、例年になく高い気がしますね。フェリックス・サンチェスの動きが全くありませんが、フェリックスのスター性に憧れて“俺もやってみようかな”といった傾向で、400m系の44秒50選手を切っているような人材が流れてきたんだと思いますね。これまでは3位から8位までの実力は変わらないと思っていたのが、今シーズンは3番から20番ぐらいの選手が毎回入れ替わる激戦ですね。順番はその日のコンディションに上手く合わせたものが好結果を残している状態です。しかし、本番では“サイコロ”の振り合いではないですが、どれだけ細部に渡って微調整ができ、ミスがないようにすることが結果に表れます。まあ、目線が上を向くような状況は悪くはないと思います。エドモントンの再戦では、現状でメダル獲得より下になってしまいます。頭で考える300mの走りがどれだけ定着するか?持っている以上は出ないのですから、持っている力を100%レースの出せるか?その作戦が身体にどのように浸透できるかに掛かっています。」

(注:為末はパドヴァからローマ経由で11時間移動、ローザンヌに深夜到着。B組に出場、後半、元気なく49秒20で3位。)

澤野大地 “世界がグンと近くなった”あのメンツを向こうに回して勝ちに行った

「パドヴァの結果、世界がグ〜ンと近づいてきました!あの五輪優勝者のティム・マック(USA)、地元の英雄、パリ世界選手権優勝者のギウセッペ・ジビリスコ(フランス)、ジェイコブ・パウリ(USA)、ディミートリ・マルコフ(オーストラリア)ら世界の強豪メンツを向こうに回して、記録こそ5.65mですが2位になったことは最高です。“ヤッタ!”って言う感じです。今日は剛毅に勝ちに行ったほど自信を取り戻せたことです。5.55mを3回目に跳んでもたついたのは、暑さでポールが柔らかくなりすぎたこと。5.70mを欲しいところで落しましたが、助走がわずかのズレが修正できなかったからです。これで帰国前の最終戦のローマGLで、なにをしなければならないのか、確かな感触を掴んだような気がしますので面白くなりそうです。」

「今回の欧州遠征は、個人的な海外遠征は初めてです。欧州GP経験豊かな朝原さん、為末さんから、いろんな機会、アテネ五輪など欧州GPの試合経験の重要性を、なんども聞きました。今年になって、特に為末さんから“いこうよ”と誘われました。もちろん、ぼく自身も、レベルの高い欧州GPを転戦する必要性を、強く感じていました。アテネ五輪の時、一流外国選手と一緒になって戦うタフな経験の大切を、強く感じましたね。長い目で見た場合、今後の世界選手権、五輪に向けて、欧州転戦の高いレベルの試合経験は、絶対に切っても切り離せない必要な課題と、思っていました。このような経験を踏まえた先に、世界選手権、五輪決勝の場が現実に結び付くだろうと実感します。自分一人が日本国内でやっていても、なにも刺激がなく、競技の楽しさも見つけられないままやっていました。ひとつの具体的な契機は、5月7日、大阪GPでディミートリ・マルコフ(オーストラリア)、ティム・マック(USA)、ブラッド・ウォーカー(USA)らが来日、和気あいあいの中にも厳しい勝負の世界は、今まで経験したことのない競技の楽しみ、刺激が非常に新鮮でしたね。5.80mから90cmの高いレベルの競り合いが面白く、そこでの戦い方、勝ちに行くなら勝ち方を覚えておかなければ、いつになっても大きな脱皮はできないのではないかと感じていました。今年はいいチャンスだと思い、要するに、機が熟したというべきでしょうね。」

「技術云々の話とは、また違います。具体的に説明が難しいのですが、例えば、単純にスタートの高さとか、飛び方、風に対する考え方、心理的な問題、目に見えにくいのですが、バーに向かっていく強い姿勢など、一人一人の高さに挑む能力、エネルギーが肌でヒシヒシ感じるのです。始めての世界選手権の時、来日経験のあるアメリカ選手の顔を何人か知っていましたが、あの頃はぼくの実力が、ついていかなかったこともありますが、一緒になって、世界トップクラスの輪の中に入って話をしながら、競技を続ける願望は強かったですね。それ以後、海外からの選手に積極的に話し掛け、仲良くなって輪を広げてきました。それが五輪の時、少しは生かされたと思います。でも、やはり5.83mを跳んだ事実が、外国選手から仲間扱いを受ける大きい理由だと思います。この世界、実力が伴って本当に肩が並べられるので、もっと相手に一目置かれるような選手になりたいと思います」

「こちらに来る前、最も心配したことは、単身身体だけ行ってポールが来なければ仕事にならないので、ポールと一緒に動けることが大切。今年から為末さんと同じ欧州のマネージャーの世話になっているのですが、彼等がすべて手際よく世話してくれているので練習、試合に専念できる環境です。」

「緒戦のプラハで5.63mの平凡な記録で3位でしたが、記録云々よりも普通に跳べたことで“ホッ”としました。なによりもバーを越えられたことです。それほど日本選手権で記録無しに終わった事実は、精神的なショックで相当落ち込みました。と言うのも、今年は春先からポンポン跳べて、静岡大会で5.83mの日本新記録を跳び、5.70mがアベレージ。練習では80から90を越していたんです。それがなんらかの兆候もなく、試合前3日間の体調不良が総ての元凶だったんです。多分、体内になんらかの菌が入り、体重が3kg落ちましたが、はっきりしたことはわかっていません。4、5月にやってきたことの総てが、ぼくの中の自信が、消えてしまったのです。たったの1日の試合で、最も大切な自信の崩壊のショックは大きく、こっちにきても精神的に不安な状態だったのです。“本当に自分は再び跳べるのか?”と深刻に悩みましたが、実際大会が始まったら、意外にすんなり跳べました。結果はわずかの5.60mですが、記録よりも“跳べた”事実が非常に大きな意味を持った大会です。」

「日本選手権の失敗は、技術が崩れたとかが、原因ではありません。ただの体調不良でした。いろんな人から、いろんなことを言われ、ぼくのプライドは傷つけられ、自信を失い、具体的な説明は避けますが、周りの人から嫌な批判を受けました。そんな状況もあって、今回の欧州転戦への挑戦が本来の目的でしたが、それに別のノルマ、自信回復が加わり、チョッとした危機感を持ってきました。その煩わしさからの逃避でもあるし、海外の違う環境の中で競技に打ち込めることは最良の手段です。1戦ごとに、まだ確定ではありませんが、自分の中で自信を取り戻しつつあるのが現状です。」

「為末さんのように、欧州に戦う拠点を築き長期滞在、GPを転戦して世界のトップ選手と戦い、調整してゆくことは非常に難しいことだと思います。しかし、今後ぼく自身も体力、精神的に強靭なタフネスを養いたいと思います。『勝ったから次のレースに出場できた』とか、『明日がんばればあそこのレースに出場できる』とか、日本では考えられないことですから、どれだけモチベーションを持ってやれるか、刺激の連続です。1回の競技結果に起こる切実な反応。厳しい世界ですね。日常茶飯事にいろんなことが結果次第でひっくり返る。良くも悪くも情け容赦のない紙一重の実力の世界を肌で体験。世界の陸上競技の現実、存在することの経験は新鮮で面白いと思います。」

「世界選手権、五輪は一発勝負です。GLは世界のトップ選手が集います。ぼくでも何回か戦ううちに、この世界ではなにが起こるかわからないですから、勝つチャンスが生まれるかもしれない。日本人棒高跳選手として、GLで3位以内とか優勝でもしたら、それは凄いことだと思います。世界選手権、五輪には、GLとほぼ同じメンバーで戦うわけですから、その延長戦だと考えていいと思います。日本人が大きな国際大会で良い成績を残せないのは、こう言うシビアな状況で戦う経験が少ないからだと思います。」

「ぼくの中で陸上競技の世界観が広がる新鮮な経験、世界のトップ選手と一緒に戦いながらかれらの世界を垣間見て、自分なりの位置付けが掴みつつありますね。」

(望月次朗)

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