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藤田信之監督
日本新記録樹立、就職探し、北京五輪連勝に向けて再スタート

藤田信之監督は、女子中距離からマラソン選手を育ててきた特異なキャリアの持ち主だ。元中距離選手だったが68年コーチになって以来、70年女子400mで河野信子(ユニチカ)が56秒4の日本新記録を樹立。それから藤田門下生は中距離、長距離の総ての種目で日本記録を更新、監督にプレゼントする伝統を継続してきた。ところがマラソンだけが、野口がアテネ五輪で優勝して頂点を極めたが、唯一、監督の誇る門下生の「勲章」コレクションが未完成だった。やはり秘蔵っ子、野口みずきの手によって、藤田監督への日本記録プレゼントはベルリンで実現した。藤田監督一流のクールな言い回し「日本記録は嬉しいが、追い求めたものがひとつ終わり、それ以上のなにものでもない」で言う。“ひとつの「仕事」の終焉から次に見えてきた「挑戦」へ”の再スタートがベルリンで始まったのだ。

藤田信之監督談

「この暑さではしょうがないことだったが、欲を言えば2時間18分30秒の可能性はあったかもわからない。一応、スタート前は18分47秒、世界第2位のデレバの記録を破る設定にしたんです。と言うのも、ラドクリフのところまでには届かないだろうが、どうにかデレバ記録を破れば世界第2位の記録になると読んだが外れてしまった。(笑う)もちろん、出場する限りは、日本新記録は出ると思っていました。それは大して心配していなかった問題。レース前から、方々で日本新記録を塗り替えると公言しているんですが、練習も無難にこなしてきたし、本人が自信を持っていたことが大きい。確実にひとつひとつ問題をクリアーしてきています。本人がしっかり目的意識を強く持って、練習を続けている結果だと思います。野口の精神的な強さ、目的意識の強さは素晴らしいものです。それが欠如したら才能を伸ばすことができない。側でズーと引っ張ってきた廣瀬の大変な努力、苦労があります。よくやってくれています。野口が日本新記録を出したことは、指導者としてそりゃあ、記録が出ることは大変に嬉しいことです。ぼくなんか、もともと昔は「マラソン指導者なんかやらん!」とか言っていたころがあった。中距離コーチからこの仕事を始めてから、段々と距離が長くなってしまった。バルセロナ五輪で有森裕子選手がマラソンでメダル獲得したシーンをスタンドで見たのが、そもそもマラソン選手を手掛ける直接の動機でした。96年、最初のマラソン選手が真木和。アレから10年経過して、野口がパリ世界選手権で2位、アテネ五輪で優勝しました。今回ベルリンで野口がマラソン日本新記録を樹立してくれました。本当に喜ばしいことです。わたしが教えた400m選手がむかし日本新記録を樹立。それから現在に到るまで、ぼくが育てた選手が800,1500,5000,10000mまで、日本記録を更新してわたしにプレゼントしてくれました。これは指導者冥利につきますね。でも、マラソンだけはなかなか難しく、野口がいつかはやってくれるだろうと期待して今日まできたのです。一番長い距離の種目で記録を出すことは、一番長い未知の距離のところにチャレンジして、その結果を出したことです。自分の教えてきた競技種目に全部、日本記録を出してこれたのは、非常に良い選手に恵まれてきたからです。指導者として、マラソンは難しいと思いましたが、ここでも人が羨む結果を実現できました。」

「野口本人はスピードがあると思っているが、とんでもない!彼女はスピードがないんや!と言っています。ところが野口の長所は、ある一定のスピードを長い距離まで引っ張る持続能力を練習で人一倍つけてきたことです。これは野口がマラソンに最大の強み、効果を出す原動力ですね。今回、日本記録を空ぶっていたら、コース条件として来年の北京と言うことがあったかもしれない。来年もベルリンで走ってくれ!とも言われているが、でも、一応、日本記録を更新したから、ひとつの目的はクリアーできました。そうなると次をどうするか?すぐに先のことを考えなければならない。わたしは来年まだまだ、北京五輪のことを考えてバタバタせんでもエエと思っています。もう一度記録への挑戦を考えてもいいかな、とも思います。野口の記録への挑戦は、これからそんなに多くのチャンスがあるとは思えないので、今が旬かもしれない。また、大阪世界選手権に出ようとする考えが今はないんです!出るつもりがありません。そんなことを言ってしまうといけないのですが、北京五輪で野口が連勝を狙うひとつの条件としては、オリンピックに出るんやったら、野口にとって最良の方法はなにかと考えるべきでしょう。世界選手権選考基準がまだわからないし、野口は世界選手権で2位の実績があります。世界選手権より、五輪連続優勝を当然狙うべきでしょう。大阪世界選手権で五輪出場がクリアーできる保証がないでしょう。あの暑い大阪で走る肉体的なダメージを考え、北京五輪を考慮して大阪は絶対に回避すべきですね。」

「3年先に、北京で五輪2連勝を掛けたレースがあるわけですが、その前に、目の前に差し迫ったわれわれのチーム存続を掛けた、総勢16名、選手10名、スタッフ6名の就職先を決めなければなりません。移籍先探しは今回が初めてではありません。ワコールを退社した時は4ヶ月間の失業期間をえてグローバリーに移籍した経験をしてきました。グローバリーに金がないわけではないが、8月に基幹業務の先物取引業から自主廃業を決定。陸上部が廃部の対象となったのですが、これは仕方がないことです。わたしの指導の元に始めたグローバリー陸上競技部活動は99年3月だった。総てゼロからスタート。これまでに寮の建設などの費用を含めて、約30億円近い活動費を使ってきています。陸上部を丸ごと買っていただくと、6年前に新築した京都の寮を入れたら10億円ぐらい掛かります。これまで年間の運営費予算は2億5000万円ぐらい使ってきました。しかし、野口がパリ世界選手権、アテネ五輪優勝などの活躍後、会社の株が500円ぐらいから一時は3200円ぐらいまで上がったこともありました。それほどの影響力があるので、会社としては投資以上の十分な宣伝効果、見返りがあったと思います。われわれの新たな移籍先が決定するまでは、グローバリーが責任を持って支援してくれる約束です。移籍の原則は、チーム全員でどこかに移籍することを考えています。野口一人だけの就職先を探すのは、それほど難しいものではないでしょう。誰か一人付いて行けば済むでしょうし、わたし一人の問題なら身を引けば済むことですが、わたしが全国から集めてきた選手、ここまでチーム一丸となってやってきたのですから、切り売りせずに陸上部丸ごと、現在の京都を拠点とした会社の寮をそのまま引き継いでもらえる会社を探したい。野口だけの切り売りはできません。また、新天地で活動を開始しても、軌道に乗るまで簡単に身を引くことができないでしょう。これまで非公式には問い合わせがありますが、正式にはこれからでしょう。できれば少しでも早く選手を安心させるために、11月ごろまでには新所属先を決めたいものです。」

(月刊陸上競技社誌05年11月号掲載)

(望月次朗)

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