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どこに行くのか日本のマラソン

9月25日、第38回ベルリン・マラソンでパトリック・マカウ(ケニア、26歳)が、08年同コースでハイレ・ゲブレシラシエ(エチオピア、38歳)が作った世界記録2時間3分59秒を21秒短縮する2時間3分38秒の世界新記録を樹立した。

マカオは「この記録はすぐにでも破られる記録だ。2分台突入は目の前に迫った」と公言。数年前、ハイレ自身「サブ2時間は20年後」と予言しているが、それよりもっと近い将来、2時間の「壁」を突破する日がやってくるだろう。

かつて福岡マラソンは世界をリード、名実ともに世界のマラソン界に偉大な影響を与えてきた。日本男子マラソンが強く「王国」と自他ともに誇ったエポックは昔の話になってしまった。近年、日本男子マラソンの衰退は著しく、世界と逆行している。09,10年日本ランキングトップが2時間9分台ただ一人の寂しさ。マラソン実況放映時間中、日本選手が誰ひとりゴールできない事態にもなりかねない。このまま低迷が継続するなら、伝統あるレース存続を危惧する関係者もいるのではないか。世界は2分台突入が目前だ。日本は9分台でフラフラしている現状に、打開策も見つからないお手上げの状態だと言っても過言ではないだろう。

関係者は問題が極めて深刻なことを理解している。素材の問題より若い世代のマラソン志向、意識、環境が大きく変わったことに原因があるのではなかろうか。日本選手が世界トップクラスだった時代、駅伝参加はマラソン練習の一環だった。かれらは高い「マラソン」への意識、練習量が備えとしてあったから、駅伝の距離を走るのは朝飯前のことだった。しかし、その逆は容易ではない。日本のマラソン弱体化は、外国と比較できないほど駅伝志向が強く、内向的になったことで生まれた代価現象だろうと考える。

若い優秀な素材が集結する大学長距離は「駅伝」が目的だ。徹底したチームワーク重視でどっぷり4年間「駅伝」漬けにする。箱根駅伝はお正月の茶の間を沸かせる娯楽TV番組に成長したが、チームワーク主体の駅伝が個人に与える影響が強く、個の持つ特性を伸ばす育成システムはすっかり影を潜めてきた。卒業後、駅伝TVヒーローたちの中には、高額の支度金を受け取り鳴り物入りで実業団に入るが、即実践に使えないランナーが大半だろう。ある実業団の監督が「箱根駅伝で活躍したランナーは、いろんなことで勘違いを起している。マラソンモードに変換するには数年かかるが、治るのはまだいいほうでそのまま消える選手が多い。素質と時間の無駄ですね」と嘆く。皮肉なことに、駅伝がポピュラーになればなるほど、選手はきついリスクのあるマラソンを敬遠するようになった。

2010年の10000mの日本ランキングは、27分50秒27をトップに7名が27分台。28分台は100人以上。人数は多いが突出した選手が見当たらない。これは、一定のペースで集団疾走するチームワーク中心の練習の結果だろう。この練習は、全体の底上げにはある程度成功するだろうが、才能あるランナーがその環境に適合してしまうと進歩が止まってしまうことを忘れてはならない。

エチオピアのマラソンはアベベ・ビキラから始まった。ケニアはダグラス・ワキウリが20数年前日本で始めたのが最初だと言っても良い。それまでケニアは長いマラソンを走ると病気になるなどと言われていた。日本とこれらの高地民族とでは文化の背景が大きく異なることは無論のこと、マラソン育成環境が極端に違う。日本の企業丸抱えの駅伝主体から派生するマラソン選手と、アフリカ高地民族のマラソンの「目的」が全く違うのだ。彼らの走る目的は、ズバリ「金」。楽しむより走ってなんぼの世界。欧米の代理人がキャンプ地を設置。専属コーチを置き、選手発掘と練習に専念させる環境で、利益を追求する純然たるビジネスに他ならない。新世界記録保持者マカウ、福岡マラソン優勝者のツガイ・ケベデ(エチオピア)らの例を挙げるまでもなく、年2回のフルマラソン以外、ハーフマラソンに出場する程度でひたすらマラソンに集中する。キャンプ地のライバル意識は「マサイラマ」の野獣のごとく、「強食弱肉」のサバイバル戦そのままだ。彼らが1年間世界で走って獲得する外貨の総額は約120億円とか。マラソン「億マン長者」が誕生する。究極なアフリカの夢とロマンがある。

平地と高地の練習環境の差は大きい。かれらは高地で生まれて育ち、平地の人より心拍機能が優れている。このハンディを承知の日本女子選手は昆明、ボルダー、アルバカーキー、サンモリッツらで長期滞在。いわゆる高地練習で絶妙なチューンアップでシドニー、アテネ五輪で優勝した。にもかかわらず、女子ができるのに男子は高地練習が圧倒的に少ない。ある監督からは高地練習が「合わない」、「平地でも十分に対応ができる」と聞いたことがある。今でも同じ答えが返ってくるだろうか。例えば、ロンドンマラソンで活躍するのは至難のことだが、それより比較的楽な世界選手権、五輪でもいやおうなしに世界との実力差に直面しなければならない。まだまだ、やるべきとことは残っているはずだ。

最近、アメリカの長距離選手らの急成長は目を見張る。男子10000mで26分台が続出。マラソンで2時間4分58秒など、平地の気圧調整室で日常生活を行い、徹底した高地練習効果を利用した結果だときく。日本は駅伝要員の需要が多いため、世界一10000m28分台ランナーの数の多い国。遅ればせながらマスマラソンの時代を日本で大成功。マラソンの大衆化、長距離志向はまだ捨てたものではない。マラソンモードへ意識の変換、数か月間の長期高地練習を積むことによって、現状の世界との距離をかなり短縮できる可能性があるだろう。

 
(2011年第65回福岡マラソン公式プログラム掲載)
(望月次朗)

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