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ロンドンマラソン 北京五輪の再現レース、ワンジル大会新記録で初優勝

サミュエル・ワンジル、ツエガ・ケベデらの新世代の台頭

北京五輪後初のマラソンだったサミュエル・ワンジル(ケニア、23歳)は、2時間5分10秒のコース、自己新記録で初優勝した。3連勝を期待されたマーティン・レル(ケニア、30歳)は、1週間前、練習で腰を痛めて棄権。一報、女子はイェレナ・ミキテンコ(ドイツ、36歳)が、後半独走して2連勝。地元開催のベルリン世界選手権に大きな自信をつけた。北京五輪で76位の最下位に終わった佐藤敦之(中国電力、30歳)が、再起のレースに2時間9分16秒で8位。「マラソンランナーとして復活できたと思う」と確かな手応えをつかみベルリン世界選手権に臨む。



驚異的な高速スプリット

4月26日、無風、最高気温は15度。絶好の気象条件が珍しくも整った。ワンジル、ツガイ・ケベデ(エチオピア、22歳)、ジャウード・ガリブ(モロッコ、37歳)らの北京五輪メダルトリオ。エマニュエル・ムタイ(ケニア、30歳)、ヘンドリック・ラマーラ(南ア、37歳)、アブデラーイム・グムリ(モロッコ、32歳)、大阪世界選手権優勝のリューク・キベット(ケニア、26歳)、初マラソンだがトラック、クロカンで世界のトップクラスのゼルセナイ・タデッサ(エリトリア、26歳)らが、4人のペースメーカーを先頭にスタートから敢行に飛ばして未知の世界に突っ込んだ。

スタートから最初の5kmが下り坂とはいえ14分03秒、次が28分30秒、43分12秒と、17kmまでサブ2時間のハイペースで突っ走った。ワンジルの勢いに押されてか、ペースメーカーらはハーフを史上最速スプリット61分35秒で通過。このスピードに五輪メダリストがピッタリと併走。

しかし、さすがにこのペースでは、ハーフ地点を過ぎるころから最初にペースダウンしたのは、他でもないペースメーカーだった。続いて、キベット、グムリ、ラマーラ、タデッサらが次第に後退。

32km地点で残った、ワンジル、ケベデ、ガリブらの五輪メダリストトリオに焦点が絞られてきた。ワンジルがギアーを入れ替え、2人を引き離しにかかる。35km地点からも、一時はワンジルと20mぐらいのギャップが出たものの、ケベデ、かれの後方でガリブが執拗に食い下がる。

ワンジルは、「引き離したと思ったら、また追い上げてきたので、ほんとに勝ったと思ったのは最後の直線に入った200m位だね。」と、勝負は終盤になっても確定しなかった。ケベデが40km地点で、先行するワンジルのすぐ背後まで追いつき、最後まで粘り強く食い下がった。そのケベデの背後をガリブもまた、ゴールまで懸命に追った好勝負が展開された。ワンジルは昨年の雪辱を果たして勝ったものの、前半の高速レースがたたって世界新記録ならず。ゴール後も笑顔は見られなかった。

ワンジルは、「沿道のケニアの人たちの応援が嬉しかった。無謀なハイペースとは思っていない。前半から早く入らなければ、世界記録は出ないよ。17kmまでサブ2時間のペースだったが、それほどクレイジーだとは思わない。32kmまで仕事が残っているのに・・・、ハーフを過ぎてからペースメーカーが潰れちゃったね。30km手前でラマーラが、ペースメーカーに『スピードアップしろ!』なんて怒鳴っていたが、35kmまでペースメーカーが持てば最高だったんだけど。あれじゃあ記録は出ないね。40km過ぎて時計を見ると、世界記録を破ることは不可能なので、勝つことに専念する走りに変えた。ぼくも最後の1マイルは疲れたよ。(苦笑)世界新記録が出なかったのは残念だが、コース、自己新記録が出たのでまあまあだね。このメンバーと一緒では、記録よりも勝ったことのほうが大切だね。良い経験と大きな自信になった。ぼくはまだ若いので、神さまのお加護もある。あせることはない。これから何年も走ることができるし、このメンバーが争えば、秋のベルリンで世界記録に挑戦できるさ!次は天気が良ければ、絶対に世界新記録を出して見せる!」と、何度も繰り返した。

2位になったケベデは、高々両手を挙げてゴールした。レース後、サバサバした表情。「一時30mぐらい離されたが、懸命に追い上げて、40−41km地点でようやくワンジルに追いついた。ところが、突然、腹痛が起きてきたので2位確保するために慎重に走った。自己新記録(08年福岡の2時間6分10秒)を大幅に破ったので、今回は負けたがいいレースだったと満足しています。今回の経験で次までなにをするか良くわかった。できれば夏場にトラックでも走ってみたい」と、笑った。

ガリブは、22歳のときにマラケッシュ・マラソンをTVで観戦して刺激されて走ることに興味がわいたという異色のベルベル人。トラックの記録はそれほど優れているわけではない。5000mで13分19秒69,10000mは27分29秒51の持ち主だが、これらの記録は9年前のものだ。

03,05年世界選手権マラソンで連勝したことで、夏場のスローペースに強いランナーのイメージがある。 だが、北京五輪で2位になって一時は引退も考えたという今年37歳の息の長いランナーだ。

1ヶ月前のリスボンハーフで59秒59の自己記録を大幅に更新、まったく衰えを知らない不死身のランナー。「前半はいくらなんでも早すぎたと思う。しかし、自己ベスト(これまでの記録は、04年のロンドンで出した2時間7分02秒)を大幅に破ることができたので、マラソンの難しさを実感している。3位になっても結果としては満足です。終盤追い上げて追いつくとまた離されてしまった。今日の前の2人は強かった。」と、クールにレース展開を分析する。レースに必ず奥さんと子供を同伴する物静かな男だ。

一方、調子が良いといわれたグムリは、「テクニカルミーティングで設定、約束したハーフ62分を無視したハイペースはクレイジーだ!」と怒っていた。

また、マラソンデビューで注目されたタディサは、「25km地点までついてゆくことができたが・・・、あの高速に対処できなかった。新しいシューズのため、靴づれで豆が潰れて走れなくなって35km地点で棄権。」と、過酷なデビューマラソンの洗礼を受けた。また、大阪世界選手権覇者のキベットは、あまりの速さに対応できずに25km地点で棄権。

スタートから革命的な高速レースでライバル潰す、『ワンジル戦法』は、再び、ロンドンで大成功した。ワンジル新世代の幕開けを世界に鼓舞したレースだった。

 
(09年月刊陸上競技6月号掲載)
(望月次朗)

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