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アベル・キプコリル・キルイ

:1982年6月4日、リフトヴァレー州ナンディ地域サミツイ村出身
:身長175p、体重58s
:部族:カレンジン
:4人兄弟の最年少
:所属先は警察検査官
:イテンにキルイキャンプを設置。週末に家に帰る。
:既婚2人の子供
:2011年からレナート・カノヴァ・コーチの指導を受け大邱世界選手権で優勝。
:マネージャー:グローバル・スポーツ・コミュニケーション

五輪は任せろ!世界選手権2連覇の自信とプライド

ケニア陸連が真っ先に五輪マラソン代表を約束したランナー。ロンドン五輪マラソン代表候補選手。2009,11年世界選手権マラソン史上3人目の2連覇を達成。自己最高記録2時間05分04秒と6人の五輪候補選手の中で最も遅いが、タイトル獲得に執着心が強い。昨年末、破産したエルドレット郊外の学校を買収、担任教師と学校経営を始めた。4月のロンドンマラソンで優勝を狙い、一挙に五輪代表権獲得を目指す。ケニア選手には珍しく、興味のある会話が始まると止まらない快活な性格の持ち主だ。

アベル・キルイはケニアランナーの中で型破りなランナーだ。無名時代に難関の警察官クラブセレクションで多くのライバルに競り勝って合格。テストを突破した強運の持ち主だ。テグ世界選手権では正規に選考された選手が出場を拒否したため、転がり込んできた代表の座だった。アベルは「おれは一介の兵士だ。国から呼び声が掛かれば、何を置いても国のために駆けつけるのが兵士の義務だ」とちょっと芝居が掛かった男でもあるが憎めない性格。大邱ではレース前に平然と世界選手権2連覇を予告し優勝宣言。舌の根も乾かない間に公約通り2時間07分38秒(これまでの記録はヴィンセント・キプルとの2時間10分06秒)の大会新記録、2位以下に2分半以上の大差をつけて独走の2連覇。これには周囲も唖然とした。カメラを向けると2本指を立て世界選手「2連覇」を意味する得意のポーズで決める。物おじせず、話しだすと止まらない。極端に明るい性格で、話題が飛びすぎるが話をして楽しくなる。

ケニアでは、華々しく活躍する長距離ランナーの元には必ず人が集まり「キャンプ」が作られる。キャンプは3種類あり、欧州のトップマネージャーが投資、建設した近代的なキャンプ、複数の借家で構成するキャンプ、細々と複数の仲間同士で練習を行うキャンプ、大小は様々だがいずれも「キャンプ」と呼ばれる「合宿所」だ。女子専用キャンプは聞いたことがないが、女子は男子と同じ環境に別部屋を与えられているケースが多い。前述の五輪代表候補6選手のいずれも、陸連や地元スポンサーからなどはビタ一文もなく自前のキャンプを設置している。アベル・キルイもイテンに複数の建物を借りて彼の「キャンプ」を設立。20数人の発展途上の若者の練習から日常の生活費、家賃などすべての面倒を見ている。紅茶の産地で有名なナンディの我が家に帰るのは週末だけ。これは典型的なケニアトップ選手の生活スタイルだ。やがてここから世界的なランナーが育った時、今度はかれら自身がやがて独自の「キャンプ」を張って、次世代の若者たちへ伝統の「キャンプ」ノウハウを継承して行く。

キルイは代表候補6選手の中で、自己記録がただ一人5分台と最も遅いランナー。6選手のトップは非公式ながら2時間03分02秒。次いで03分06秒、03分38秒、03分42秒、4分40秒の凄いメンバーだ。キルイの自己最高記録は2009年ロッテルダムで出した2時間05分04秒。パトリック・マカウ、ジェフリー・ムタイらに続き3位だった時のもの。ハーフも60分01秒で記録は他のメンバーと比較すると、実力が一段落ちると見られがちだが、本人にそんなコンプレックスは微塵も感じられない。ベルリン世界選手権前「空港に到着した時、すでに勝てる予感がした」と優勝宣言して勝った。その後は膝や足首の故障に悩まされ、完全復帰したのは2011年の初めからだった。それまでほとんど自己流の練習だったが、テグ世界選手権前からレナト・カヴァノ・コーチの指導を受けて完全復活。ケニア陸連が「世界選手権優勝者は自動的に五輪代表に決定する」と公言したが、マカウの世界新記録後、陸連のトーンが微妙に変わった。

今年の目標は「陸連がテグで2連覇した直後、五輪代表に選出するといった約束は守ってほしいね。オレは五輪代表になるのは間違いないと確信している。五輪を戦う青写真も頭の中でしっかり出来ている。もちろん優勝さ!」

春マラソンはロンドンに出場。他のケニア五輪候補選手と一騎打ち。好記録で勝って、有無を言わせない五輪代表になる。その準備は「もちろん大丈夫さ!世界のトップ選手と戦って小手調べするんだ」と鼻息が荒い。もし気象条件が悪く、順位も記録も低調なら五輪代表から落選の場合は、「陸連が男の約束をきちんと守ってくれたら落選するはずがないよ!そんなこと考えたくもないさ」と不安を一蹴した。続いて、ロンドンで世界記録への挑戦は可能かと聞くと、「ケニア選手4名がロンドンで記録を目指して走る。もしロッテルダム、ロンドン、次の日のボストンの結果が悪く、ロンドンの記録が良ければ2人か最高3名まで五輪代表に選考される可能性も出てくるんだ。僕ら全員が五輪出場を夢見ているし、お互いに負け犬はごめんさ!気象条件が良くてうまくリズムに乗れば、ロンドンで世界新記録かそれに近い記録が出ても全くおかしくない。おれも1年前、2時間3分30秒で走れる自信があると言ったが、この1年間で世界のマラソンが急激に進歩してきた。オレの尊敬するハイレの時代はすでに過去のものだ。ハイレが2時間03分59秒の世界新記録で走った時、ハイレから励まされたことを覚えている。心理的なサブ3分の「壁」はそれほど大きな障害ではない。現在の世界記録から2分台は時間の問題だろうね。少なくとも数人のランナーが2分台を記録する力を持っている。春に2分台の記録が出なければ、五輪出場ランナーが疲れてまともに走れない秋のレースで、五輪代表から落ちたランナーと若手のランナーが、鬱憤晴らしに世界新記録を狙ってリベンジを考えるだろう」

ロンドン五輪出場する青写真はすでに描かれている。4月の最終選考に残り五輪代表になる。100%の準備ができるなら、ケニアの五輪2連覇を果たすことができるだろう。その心の準備は完璧さ!

 
(2012年月刊陸上競技4月号掲載)
(望月次朗)

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